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» 80:「権利」って②

80:「権利」って②

「今を生きる僕たちが有する『right』。何と訳したらいいのだろうか。」というのは、前号の宿題。

「right」とは、明治時代、西周(にしあまね)により「権利」と翻訳された言葉。

でも、やっぱり、この言葉の響きは、好きじゃない。
権力、権威、権限の言葉の後には、「かざす」と付けれるし、「権利」をひっくり返せば「利権」になる。

あの福沢諭吉も「『権利』と訳したならば、必ず未来に禍根を残す。」と反発した。
そして、福沢諭吉は、『通理」、「権理」、「通義」との言葉で「right」 の概念を表現したけど、結局、「権利」という言葉の方が、社会に浸透してしまった。

さて、前号の宿題について、僕なりの答えは、
「いっそのこと、カタカナ言葉で、格好つけて言っちゃえ。」
「ライツ」って。

開国した明治時代、西洋列強の植民地にならないよう、外国語を翻訳し、新しい日本語が作られていった。
でも、今や、外国語の方が、そこらに氾濫している。

また、僕たちは、普通に「ライツ」と言っている。
車を誘導する時、野球でフライを捕球する時のそれ。
「オーライ、オーライ」。
英語でいう「all right」。
「君は、進んでも大丈夫」。
「僕が、ボール捕るから大丈夫」と声をかけている。
「君は、してもいいよ」、「僕は、してもいいよ」というところに「right」の本来の姿が見えてくるようだ。

だから「ライツ」って、心に秘めて置く物じゃない。
「権利」と肩肘張らずに、「ライツ」って、それこそライトに表明するがいい。

これが根付けば、きっと、世の中、大きく変わる。