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69:銀二さん

昨年のプロ野球。日本一になったのは「東北楽天」。
その中で、初めて銀次選手という名前を知った。
そして、精神病院でアルバイトをしていた時のことを思い出した。

患者の中にも、銀二さんという人がいた。図体がでかく、鋭い眼光をしていた。
「仁義が、銀二になった」と、こんな彼だから、病棟の中で、いかにも親分風で、患者や職員からも一目置かれていた。

僕はと言えば、「患者からなめられてはいけない」と職員からの教えを受けて、看守のごとく装っていた。
ある夏の炎天下。草刈作業の指導をしていた。
「バイトの兄ちゃんは、意気がらんでいいんじゃ」
声の主は、隣で草刈をしていた銀二さんだった。汗で腕の刺青が透けて見えた。
僕と目が合うと、ニタッと笑った。思わず、僕もニッと笑い返した。
別に銀二さんにビビッた訳じゃない。ずっと自分らしくない態度で仕事していると思いつめていた。
「銀二さんには、見抜かれている」そう思った。

休憩時間。患者たちのタバコに火をつけて回った。
「兄ちゃんも一服するか」
銀二さんが、ポケットから湿気てヨレヨレになったタバコを差し出してきた。
このタバコに火をつけ、銀二さんの横に座った。
草の匂い。遠く青い空。
何だか重い仮面が外れたように気持ちがよかった。

この時から、銀二さんだけでなく、他の患者とも打ち解けるようになれた。
「兄ちゃん」が僕の愛称になり、気軽な存在になった。
他の職員たちは、怪訝な顔してたけど、なめられないと僕の味は、わからない。