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67:僕の家

「じいちゃん、ただいま」
玄関を開けて中に入ると、変わらない我が家の匂い。
座敷へ行き仏壇の前、線香をあげる。
「チーン」、鐘の音だけが響き、家中の窓を空けて回る。

先々月、母が老人ホームに入った。だから、今はもう、この家には誰も住んでいない。
父が亡くなってから4年。
それ以来、週末は、一人暮らしとなった母と過ごす事が、僕のライフスタイルとなっていた。
日曜お昼、NHKのど自慢大会を見ている母の横で、パソコンに向かい仕事するのが慣わしだった。
でも、もう誰もいない。

母は、大腿骨を骨折してから歩行器で暮らしていた。
又、肝臓病のため、今まで幾度か意識を失くしていた。
この時、幸いにも誰かが居合わせており助かってきた。
「バーちゃんは、この家を守るのが役割なんやぞ」
僕の無茶な命題に、懸命に応えようとしていた母。
週三回のホームヘルパーに、姉も頻繁に帰って来た。
孫までも、介護にあたったが、一人暮らしはもう限界だった。

「住み慣れた家で暮らす」なんて、そう易々とは言えるものじゃない。
でも、この家に母がいないと、やっぱり悲しい。
父のタバコの煙ですすけた居間の壁紙。一旦、開けると閉まらないサッシ戸。
床下に抜けそうな座敷の畳。
雨漏りの痕が消えない天井・・・。

築およそ50年。古くても、この家は、僕が育った家。
子どもの頃、悪さをすると、母から押入れに閉じ込められた。その押入れの中、クレヨンの落書きが今も残っている。
「おかあさんのバカ」