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62:権利の矛先

人権週間記念講演会。
「国家斉唱、お立ちください」アナウンスが流れた。
「オラは、立てないよ〜」
良さんが、車イスの上でもがいている。

良さんが言うところの「障害者ギャグ」。僕は、「またか」と無視していたけど、会場はざわめいた。
サッカー観戦に行った時には、うけたギャグも、ここでは、少し趣向が違う。
「もうっ」恥ずかしくなって良さんを肘でこづいた。 
良さんも周りの想定外な反応に戸惑っていた。

その甲斐あってかどうかは知らないけれど、今では「お立ちください」というアナウンスはないらしい。
この噂を聞いて、僕たちは、吹き出して笑った。
こんな良さんだけど、時々、人権講演会ばりに、権利についておもしろい話をしてくれる。

「今の人権学習というのは、お涙ちょうだいの被差別体験談とか、弱者にいたわりや思いやりを持ちましょう。
などと感情をくすぐって人権を教えているんだ。
『差別をしてはいけない』と禁止事項ばかりじゃ人権なんて嫌になっちゃう。
そういうふうに、人権を教わっていては、自分の権利など学習できやしない」

確かに、良さんと親しくなるまでは、障害者だからと言って言葉尻を気にしてうまく話せなかった。
まして、自分にも権利があっても、未だに主張するのにはためらってしまう。

「権利の矛先は、国にある」
この時ばかりは、良さん、力を込めて言っていた。
「良さんこそ、人権講演会の演台に立ったらいいよ」とすすめた。
「オラは、立てないよ〜」