メニューへリンク

» 57:優しい鬼

57:優しい鬼

僕は、社会福祉施設従事者。いわゆる、施設職員だ。
この職に就いて25年になるが、周りからは「らしくない」なんて言われる。
けれど、良さんだけは、僕の仕事を見事に当てた。

「ほっといて欲しいことまでしてくれるからな」と、意外な理由だった。
「歩けるのに車イス、眠たいのに起こされて、満腹なのに食べさせられる。一人で外出はダメ、タバコもダメ、酒なんかとんでもない」
良さんは、施設生活をしていた時の話しをよくする。
「自分でできる事、したい事を「あなたの為よ」と、ことごとくとがめてくる」
良さんは、そんな施設職員のことを「優しい鬼」と皮肉をこめて言っていた。
いい気分じゃない。僕だって「優しい鬼」だ。

例えば、良さんには「飲め、飲め」と酒をすすめて二人で酔って雑魚寝する。
仕事じゃできっこない。
安心・安全という名の元、施設の入園者の前では、僕も「優しい鬼」になる。

救急搬送された人。警察保護された人。そして、多く人の最期を見送ってきた。
入園者のケガや病気を未然に防ぐ方法は、彼らの自由な行動に制限を課し、管理することだろうか。
それは、まるで繭玉に包み込むよう言いくるめる。

入職してまもなく、ある入園者から、ノートの切れ端を渡された。そこには、こう書かれてあった。
「窓際に 花を置いてもここは刑務所」
息を呑み、天を仰いだ。
以来、入園者の自由と管理の狭間で、どうしても心が揺らいでしまう。

良さんに言ってやった。
「優しい鬼もつらいんだ」