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» 51:再会の握手

51:再会の握手

「ウソだろう」
思わず僕は、この場から逃げ出したい思いになった。

それは、知的障害者の施設を訪問した時のこと。
僕がボランティアに入る工芸班のリーダー「カズオさん」が紹介された。
なんと彼とは同郷だった。

それに、僕が小学生の頃、友だちとつるんでこんなことを彼に対してやっていた。
「やあい、カズオ。悔しかったら、こっち来てみろ」
 冷やかす僕たちの声に筋骨隆々の青年は、怒りの形相で、拳を振り上げてきた。
「きた、きたぁー」
歓声を上げて、僕たちは散り散りに逃げた。中には石を投げつける者もいて、
間もなく彼が帰って行くと、
「カズオが逃げていくぞ」
「やったー」と僕たちは勝ち誇った顔を見合わせた。

 その頃の僕の町といえばずっと田畑が広がり、鶏や豚を飼っている家もあった。
 彼は養鶏場の仕事をしていたらしいが、汚れた服を着て、独り言を言いながら、いつもブラブラしていた。
遊びに飽きた僕たちは「カズオを探そう」と養鶏場まで自転車を繰り出した。

 親たちは、そこに行ってはいけないと告げていた。
 先生は、差別をしてはいけないと教えていた。
 僕たちは、大人の言う矛盾を深く考えたりしなかった。むしろ、してはいけないことをやりたがった。
 差別という名の「寝た子」が、心の中で未だに起きてくる。

どうしたらいいのだろう。
 彼に気付かれないように「初めまして」と挨拶した。
 彼は、しばらく僕の顔を見ると、右手を出してきた。
 しっかり握手した。僕は「ごめんなさい」と呟いた。