「ウソだろう」
思わず僕は、この場から逃げ出したい思いになった。
それは、知的障害者の施設を訪問した時のこと。
僕がボランティアに入る工芸班のリーダー「カズオさん」が紹介された。
なんと彼とは同郷だった。
それに、僕が小学生の頃、友だちとつるんでこんなことを彼に対してやっていた。
「やあい、カズオ。悔しかったら、こっち来てみろ」
冷やかす僕たちの声に筋骨隆々の青年は、怒りの形相で、拳を振り上げてきた。
「きた、きたぁー」
歓声を上げて、僕たちは散り散りに逃げた。中には石を投げつける者もいて、
間もなく彼が帰って行くと、
「カズオが逃げていくぞ」
「やったー」と僕たちは勝ち誇った顔を見合わせた。
その頃の僕の町といえばずっと田畑が広がり、鶏や豚を飼っている家もあった。
彼は養鶏場の仕事をしていたらしいが、汚れた服を着て、独り言を言いながら、いつもブラブラしていた。
遊びに飽きた僕たちは「カズオを探そう」と養鶏場まで自転車を繰り出した。
親たちは、そこに行ってはいけないと告げていた。
先生は、差別をしてはいけないと教えていた。
僕たちは、大人の言う矛盾を深く考えたりしなかった。むしろ、してはいけないことをやりたがった。
差別という名の「寝た子」が、心の中で未だに起きてくる。
どうしたらいいのだろう。
彼に気付かれないように「初めまして」と挨拶した。
彼は、しばらく僕の顔を見ると、右手を出してきた。
しっかり握手した。僕は「ごめんなさい」と呟いた。