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47:命の重さ

 父が亡くなって1年が経った。心の中の記憶から消えてしまった時が、本当の死と言うから、僕の中では、父はまだ生きている。
 父が肺炎で倒れてからの1週間、姉と交替で病室に泊まりこみ看病した。心拍数、呼吸数、酸素濃度のモニターの数字に一喜一憂し、警報ブザーの音は、今も耳について離れない。

 父は苦しんだ。両腕をベッド柵に縛られ、口にくわえ込まれたエアーチューブを舌先で吐き出そうともがいていた。「男は泣くもんじゃない。」と言っていた父。そんな強気な男が涙にくれた。
「がんばろうね。」僕らも父の胸で泣きじゃくった。しかし、呼吸する力も尽き、父は最期を迎えた。

 母、僕の家族と姉の家族が病室に集まった。最後に駆け込んだ僕の息子が「じーちゃん。」と叫ぶと意識もなかった父が、わずかに目を開けた。父は、みんなが揃うのを待っていてくれたのか…。
 そして、静かに逝った。81年の人生が一瞬の閃光のように消えていった。

 不思議なことがあった。
 父が亡くなる前日、カゲロウが一匹、病室の扉にとまっていた。そして、通夜の斎場にも、それがいた。
 わびしく、はかなく、むなしくも、ふれる風にその薄い羽を揺らしていた。

「人の命は地球よりも重い。」と例えられているけど、地球をかかえたことはないから、実感がわかない。
 「人の命は小さな虫の羽よりも軽い」。
軽いからこそ、愛しく、大事にしなければ、命は、もろくも壊れてしまう。