キクさん 89 歳。夏が来る と、この話をしてくれる。
「私ら家族は、目が悪かっ たおかげで命拾いしたんよ。 空襲警報が鳴ったら、裏 山の防空壕に逃げていたん だけど、私も父も目が弱かっ たので、逃げ遅れていて、防 空壕には入れずに私ら家族 は、いつも林の中で身をかが めてた。
そしたら、その防空壕の 近くに爆弾が落ち、近所の 者たちが、いっぱい死んでし まった。だけど、そこにいなか った私らは助かった。
それからずっと『どうし て、あんたところだけが助か るんや』と、私ら家族は、近 所の者から言われ続けた。
父は、視力検査にひっかか って兵隊に行ってなかった。だ から、『やれ、非国民』だの 『わざと見えない振りしてるんだろう』と、もともと村 からは外されとった。
そんな父でも令状が来 た。赤紙じゃない白紙。赤は 徴兵召集、白は労働の徴用 と言ってた礼状が…。
そして、こともあろうか、 防空壕堀りのため、南の島へ 行っていたらしい。
案の定、父は、腕をケガし て帰って来たよ。これが原因 で、ばい菌が身体に回って死 んでしまった。
でも、周りは、『これは戦 死じゃない』と言う。それで は、父は浮かばれない。
兵隊も労働も、お国のた めのご奉仕でしょうが…。
あの過酷な南の島、目の 悪い父がどんな思いで防空 壕を掘っていたか。そう思う と、悔しくて、悔しくて、涙 が止まらなかった。
戦争は、恐ろしい。人の心 も変えてしまう。戦争は、絶 対にしちゃあいけん。
何か最近、心配な空気を 感じてる。私ら年寄りは、そ こらへん敏感なんよ」